2019年12月


「2019年世界パラ陸上競技選手権大会日本代表の西 勇輝選手にインタビュー」
前回お伝えした練馬総合運動場公園オープニングフェスティバルで競技用車いすのデモンストレーション等をされた西 勇輝選手が改めてインタビューに応じて下さいました。練馬区で過ごした高校時代、社会人としてパラスポーツに臨む責任など多くの想いを話してくれました。ぜひ、お読みください!
西勇輝選手 プロフィール

- 西 勇輝(にし ゆうき)
- 1994年2月14日 東京都生まれ
- 小学校5年生から車いす陸上を始める
- 2013年アジアユースパラゲームズで日本選手団主将を務める。同大会において100メートル、200メートル、400メートルで金メダルを獲得
- 2016年3月 アジアオセアニア選手権400メートルで優勝
- 2016年4月 野村不動産パートナーズ(株)に入社
- 2017年7月 世界パラ陸上競技選手権大会ロンドン2017に出場、200メートルで8位入賞
- 同年、ジャパンパラ競技大会100メートル、400メートルで優勝
- 2019年11月にドバイで行われる世界パラ陸上競技選手権大会で日本代表選手に選出
令和元年7月30日に新宿の野村不動産パートナーズ株式会社本社にて西選手にインタビューさせてもらいました。ナイスガイという表現がピッタリのとても素敵な西選手のインタビューをお楽しみください。
(1)社会人としてプレーするという選択はどのようにされたのでしょうか。

学生時代には先輩の選手と将来についてよく話しました。学生が終わるという一つの区切りを前にして、自分の人生をどう進んでいくか不安でした。プロになるということは、一つの夢でもあり、選択肢の一つでした。しかし、競技人生は長くないですし、それが終わった時のことを考えると難しいと思いました。若いうちは競技に全力で臨みたいですが、社会人としての人生を送りながら競技をやりたいという想いもありました。縁があって、今の会社から仕事をしながら競技をしてはどうかという話をいただきました。自分の人生観と会社側のサポート体制がマッチしたということだと思います。
(2)社会人としてプレーすることの意味について教えてください。

小学校5年生からスポーツをしていますが、入社するまではスポーツを楽しむことで終わっていました。今は会社の方に応援していただき、学生時代よりも結果を残したいというこだわりが強くなっています。多くの方に現地まで足を運んで応援していただけるということは喜びとともに責任を生じ、無責任な行動をとれないという思いを強くしています。それは、大会当日だけではなく普段の行動からでてくるものだと社会人になって感じています。
(3)西選手が使用されている競技用車いすの特徴を教えてください。

競技を始めた頃から同じメーカーの車いすを使用しているので、他のメーカーと乗り比べたことがありません。使用しているのはOXエンジニアリングの車いすです。私が使用している車いすはアルミを素材に使っていて、カーボン等の素材と比べると軽量という特徴があります。カーボンは「しなる」ことが長所ですが、逆に硬さがなく力がダイレクトに伝わりにくいとも言えます。個人の感想としては、アルミの持つ軽さと力がダイレクトに推進力に繋がる硬さが特徴だと思います。
競技用の車いすは3輪で、前輪が一つだけで全長が長くなっています。その長さによって直進の安定性がでてきます。陸上競技はスピード、速度を競うので直進の安定性が大切です。これは車いすバスケットなどにはない特性です。スポーツカーもそうですが、陸上競技用車いすも車高を低くしてスピードが出せるように設計されています。このため、陸上競技用の車いすにはマシーンというイメージがあり、恰好良さが分かると思います。
(4)前回のインタビューで800m以上の競技では駆け引きが必要とお聞きしましたが、その内容を具体的に教えてください。
100mと400mは自分のレーンを走る種目です。一言でいえば、「力勝負」の世界です。800mはオープンレーンなので、集団で走ることができるレースになります。全選手が1つのコースに入るレースになるので、前の選手が後ろの選手の風よけになります。前の選手が100%の力で走っているところを、後ろの選手は7割か8割の力でついていけます。そこで、どの選手の後ろにつくかポジショニングという駆け引きが生じ、力だけでなく頭脳戦の要素が入ってきます。その難しさと面白さが800m以上にはあります。風やポジショニングの特徴が試合によって違うので難しい種目だと思います。自分の力だけでなく、相手の力とも比べてどうするのかというレースになります。体力だけでなく考えることが多くて疲れますが、とても面白い種目だと思います。
(5)西選手と練馬区との繋がりについて教えてください。

練馬区は自宅からも近く普段から生活範囲の中にあります。高校時代、練馬区の学校に通っていました。通学していた都立練馬高校は練馬春日町の駅近くにあります。電車通学だったので、最寄りの西武新宿線の駅から満員電車に乗り、都営大江戸線に乗り換えて練馬春日町で降りるという3年間でした。今では良い思い出でもあり、大変だったという思い出でもあります。練馬区とは高校3年間以外にも色々な繋がりがありますが、この時期が一番印象的です。
(6)東京2020大会に向けての心境や意気込みを教えてください。
正直なところ、不安や焦りが大きいです。何としても出たいという気持ちが強いのですが、出るだけでは意味がないという想いも心のどこかにあります。応援してくださる方々にワクワクしてもらえるようなレースをしたいと思っています。2020年を楽しみにしてくれる方が増えればモチベーションも上がりますし、一人でも多くの方に楽しんでもらえるようにしたいとも思います。今回のような取材を含め、選手ももっとアピールしなければと思います。私は、見てくださる方があってこそのスポーツだと思いますので、そういうところも大事にしたいと思います。結果を出すことが応援してくださった方々への恩返しにもなりますし、注目してくださる方のためにも頑張りたいと思っています。
(7)海外遠征も多いと思いますが、気を付けていることはありますか。

海外では、それぞれの地域にあった食べ物に馴染むように努力しています。体調を崩すと100%のパフォーマンスができなくなってしまうので、栄養士さんにもサポートしていただき安定した体調管理に気をつけています。現地に馴染める食生活を心がけていますが、体調管理という面では野菜が一番大切で、「こんなに緑ばっかりか」と思いながら食べています。海外でもしっかりと食べないとパワーが出ないので好き嫌いを言っていられません。日本では中華でも洋食でも好きなものが食べられて、とても恵まれていると思います。
(8)影響を受けた言葉などがあれば教えてください。
子どものころから体を動かすことが好きであまり本を読みませんでしたが、アスリートの言葉には影響を受けました。野球選手に憧れていたので、球場でのインタビューなどが心に残っています。自分が影響を受けたように、目標がないと思っている子どもたちに影響を与えられるような存在になりたいと思います。スポーツ選手になるという夢をかなえた今が影響を与える側として一番のチャンスだと思います。そのためにも普段から責任感ある行動をとることが大切だと感じています。注目してもらえる機会が増えるほど、言動には注意するように心がけています。

今回の取材にご協力をいただいた野村不動産パートナーズ株式会社 経営企画部 企画広報課の大塚 毅氏はパラスポーツとの繋がりについて、「西選手が入社してから、野村不動産ホールディングスとしてJPSA(公益財団法人 日本障害者スポーツ協会)のオフィシャルパートナーになり、西選手が出場する大会には野村不動産グループの社員が応援に駆けつけます。群馬県や福島県の大会にはバス2台、約80名で駆けつけ、西選手が好きなオレンジ色のお揃いのシャツで応援しました。陸上競技だけでなく、水泳やボッチャ、バスケット、ラグビーといったパラスポーツにもボランティアで社員が参加しています。先日の練馬総合運動場公園オープニングフェスティバルでのイベントにも社員とその家族が参加しました。」と教えてくださいました。

西選手も「最近は色々な企業やファンの方が見に来てくれることが増えています。その環境が自分自身のモチベーションになり、嬉しいですし楽しいです。」と話してくれました。
今回の取材を通して、応援することが選手の力となっていることを改めて感じました。お忙しいなか取材に応じていただいた西 勇輝選手と野村不動産パートナーズ株式会社の皆様に厚くお礼を申し上げ、東京2020オリンピック・パラリンピックに向けてのご活躍を応援していきたいと思います。